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富士山に4人のパーティーで登ったことがあります。選んだのは富士宮ルート。当日は天候にも恵まれ、標高が上がるにつれて眼下には見事な雲海が広がっていました。普段生活している場所ではまず見ることのできない景色で、振り返るたびに景色が変わっていきます。

「これはかなりいい登山になりそうだ」。そんなことを考えながら順調に山頂を目指していました。ただ、登山は最後まで何が起こるかわかりません。この日は9合5勺付近で、パーティーの一人が足首を捻挫しました。
幸い、その場で足首の状態を確認し、持参していたテーピングを使って動きを制限することで、その後も安全を優先しながら行動し、無事に下山することができました。僕自身、普段からスポーツ現場で怪我への対応を行うことがあるため、この登山でもテーピング用品や応急処置に使えるもの、多めの水などを持って登っていました。結果的には、それらを本当に使うことになりました。
そしてもう一つ、今でも忘れられない出来事があります。捻挫した足首へテーピングを巻いたあと、使用したお気に入りのはさみを9合5勺の看板の上に置いたまま、そのまま下山してしまいました。下山してから気付き、近くの山小屋へ電話。事情を説明したところ、最終的にそのはさみは山小屋の備品として使ってもらうことになりました。

お気に入りだったので少しショックではありましたが、富士山の9合5勺で第二の人生を送っていると思えば、それも登山の思い出の一つです(笑)。今回はこの実体験も交えながら、登山で比較的起こりやすい「足首の捻挫」「下山時の膝の痛み」「靴ずれ・足趾のトラブル」の3つについて、なぜ起こるのか、どんなことに注意したいのか、実際に山で起きた場合にどう考えるべきなのかを解説していきます。
登山というと、どうしても山頂へ到達することが一つの目標になります。特に富士山のような山では、山頂が近づくにつれて「ここまで来たのだから登り切りたい」という気持ちも強くなります。ただ、怪我の観点から見ると重要なのは登頂だけではありません。無事に下山するところまでが登山です。
むしろ身体のトラブルは、登っている最中より下山時に問題になることがあります。登りでは慎重に足を置けていた人でも、何時間も歩いたあとでは脚の筋肉が疲れ、集中力も低下します。石に足を取られる、段差で足首を捻る、膝が痛くなって踏ん張れなくなる、靴の中で足が前へ滑ってつま先を痛める。普段なら問題にならない小さなことでも、疲労が重なると転倒や怪我につながります。
さらに標高の高い場所では、街中のように「痛くなったからタクシーで帰ろう」というわけにはいきません。救助を要請しなければならない状況もあり得ます。だからこそ、自分の足で安全に帰るところまでを想定して準備することが大切です。
僕たちの登山も途中までは非常に順調でした。4人で富士宮ルートを登り、天候にも恵まれ、眼下に広がる雲海は圧巻。標高が上がるにつれて「本当に富士山まで来たんだな」という実感も強くなっていきます。

ところが9合5勺付近で、メンバーの一人が足首を捻りました。登山道は整備されていても、地面そのものが平坦になるわけではありません。岩や砂利があり、一歩ごとに足を置く場所の高さや角度が変わります。さらに9合5勺まで登ってくる頃には、すでに何時間も歩いています。元気な状態なら対応できる程度の足場の変化でも、疲労によって足首周囲の筋肉による細かな姿勢制御が遅れ、踏み外しや捻挫につながることがあります。
その場で痛む場所や荷重できるかなどを確認し、持参していたテーピングを使用しました。必要以上に足首が動かないよう制限し、その後は無理にペースを上げず、安全を優先して行動しました。
最終的には自力で安全に下山することができました。ただし、ここで伝えたいのは「テーピングを巻けば、どんな捻挫でも歩いて帰れる」ということではありません。足関節捻挫は軽いものから骨折を伴うものまで状態に大きな差があります。足首の構造や一般的な損傷については、足首の捻挫の専門解説でも詳しく紹介しています。
こうした状態では骨折や重度の靱帯損傷なども考慮する必要があります。山の中だからこそ「何とか歩かせる」ことを最優先にするのではなく、そもそも歩かせていい状態なのかを考えることが重要です。
登山でまず注意したいのが足関節捻挫です。一般的には、足裏が内側を向くように足首を捻る「内反捻挫」が多く、足首外側の靱帯を損傷します。平坦な道路なら左右の足は比較的似た条件で着地できますが、登山道では右足は平らな石、左足は斜面、次は砂利、その次は大きな岩というように、一歩ごとに足首へ加わる角度が変わります。

さらに疲れてくると、足首周囲の筋肉による細かな姿勢制御も遅れやすくなります。その結果、一瞬の踏み外しが捻挫につながります。登山靴で足首を覆っているから絶対に捻挫しないわけではなく、靴が自分の足に合っていることや、長時間歩いた状態でも身体をコントロールできる体力も重要です。
疲れてきた時ほど、勢いで歩かないことが大切です。特に下山時は「早く下りたい」という気持ちから歩幅が大きくなりがちですが、一歩が大きくなれば着地時の衝撃も増えます。歩幅を小さくし、足裏を安定して置ける場所を選びながら進みます。また、普段ほとんど歩かない人がいきなり数時間の登山をするより、本番前から長時間の歩行、坂道、階段などに身体を慣らしておく方が余裕を作りやすくなります。
まず転倒や落石などの危険が少ない場所へ移動し、足首の状態を確認します。必要に応じてテーピングや包帯などで患部を保護し、痛み、腫れ、荷重できるかなどを確認します。急性外傷に対する考え方については、当院でもPEACE & LOVE処置を紹介していますが、山の中はスポーツ現場とは条件が違います。第一の目的は競技復帰ではなく、安全な場所へ移動することです。
また、テーピングは「痛みを消して無理に歩くため」のものではありません。状態に応じて必要な動きを残しながら、不安定な方向への動きを制限するために使います。当院で実際にどのような考え方でテーピングを行っているかは、スポーツテーピングについての解説も参考にしてください。
登山経験者からよく聞くのが、「登りは大丈夫だったのに、下りで膝が痛くなった」という症状です。下山では、身体が重力によって下へ落ちようとする力を、太ももの筋肉などを使って何度も受け止めながら歩きます。特に大腿四頭筋は、膝が急激に曲がらないようブレーキをかけるように働くため、登りで体力を消耗したあとに長い下りへ入ると疲労が強くなり、膝周囲に負担が集中しやすくなります。

痛む場所も一つではなく、お皿の周囲、内側、外側など人によって異なります。「膝が痛い=膝だけが原因」とは限らず、股関節の安定性、足首の動き、歩幅、筋力、靴、荷物の重量なども関係します。このように足首・膝・股関節を一つの動きとして考える点はランニングとも共通しており、下肢への繰り返しの負荷についてはランナーに起こる膝・足のトラブルの総合解説でも詳しく取り上げています。
大股でドスンと下りない。単純ですが、かなり重要です。一歩の高低差が大きいほど、着地時に身体を受け止める負担も増えます。可能な範囲で小さく足を運び、トレッキングポールなども利用しながら負荷を分散します。そして本番前には平地を歩くだけではなく、坂道や階段を使って「下る練習」もしておきたいところです。登山は、登った分だけ下りなければ帰れません。
捻挫や膝痛ほど大きな怪我には感じないかもしれませんが、登山中に非常に厄介なのが靴ずれです。最初は「ちょっと擦れているな」という程度でも、そのまま何時間も歩けば皮膚への摩擦が繰り返されます。やがて水疱ができ、皮膚が傷つけば、一歩歩くたびに痛みを感じる状態になることもあります。

靴ずれは靴が大きすぎても小さすぎても起こります。靴の中で足が動けば摩擦が増え、反対に小さすぎれば特定の場所へ圧力が集中します。さらに汗や雨によって靴下が濡れた状態が続けば、皮膚も刺激を受けやすくなります。登山では、このような小さな違和感を甘く見ないことが大切です。
下り坂では、靴の中で足が前方向へずれやすくなります。その状態が長く続けば、つま先が靴の先端へ何度も当たり、爪の下に出血が起こったり、爪が浮いたりすることがあります。登る時には何ともなかった靴が、下山になって突然痛く感じることがあるのはこのためです。靴を選ぶ際には平地で数分歩くだけではなく、坂道でも足が前後へ動きすぎないか確認し、爪も事前に適切な長さへ整えておきます。
靴ずれは、水疱になってから対応するより、「なんとなく擦れている」段階で対応した方が圧倒的に楽です。一度靴を脱いで靴下のしわや異物を確認する、靴ひもの締め方を調整する、必要に応じてテープなどで皮膚を保護する。数分の対応を面倒がってそのまま歩き続ければ、その後何時間も痛みを我慢することになりかねません。登山では「少し変だな」と思った段階で一度確認することが、結果的には一番早い対処になります。
今回は登山で起こる怪我を中心に書いていますが、富士山では怪我だけに注意すればいいわけではありません。標高上昇に伴う頭痛や吐き気などの高山病、気温低下、強風、脱水、エネルギー不足なども考える必要があります。地上では暖かくても標高が上がれば環境は大きく変わり、汗をかいた状態で風にさらされれば一気に身体が冷えることもあります。
そのため、水分だけではなく、防寒具や雨具、行動食なども含めた準備が必要です。僕がこの時に水を多めに持って登ったのも、途中で不足する状況を避けたかったからです。もちろん水は重量になるため、多ければ多いほど良いという意味ではありません。自分の体力、季節、ルート、天候、途中で補給できる場所などを考えながら必要な量を準備することが重要です。
この登山では、普段の仕事柄もあり、怪我が起きた場合にある程度対応できるよう準備していました。テーピング、テープを切るためのはさみ、傷を保護できるもの、少し余裕を持たせた水分などです。まさか本当にテーピングを使うとは思っていませんでしたが、9合5勺での捻挫では役に立ちました。

登山へ行く全員が専門的なテーピング技術を覚える必要はありません。ただ、最低限のファーストエイド用品を持っているかどうかで、トラブルが起きた時の選択肢は変わります。そして可能であれば、道具を「持っている」だけではなく、一度使い方を確認しておくことも大切です。山の上で初めてテーピングの箱を開け、説明を読みながら使うのは大変です。
怪我の予防というと、筋力やストレッチ、靴や装備の話になりがちです。もちろん、どれも大切です。ただ実際の登山では、「余裕を残して行動すること」も非常に重要だと思います。疲れているのに他の人のペースについていく、山頂まであと少しだからと無理をする、下山を急いで歩幅が大きくなる、休憩を取らずに歩き続ける。こうした時ほど、怪我につながる余地が大きくなります。
4人で登れば、4人全員の体力が同じということはありません。登るのが得意な人もいれば、疲れるのが早い人もいます。パーティーで登る場合には、一番速い人へ合わせるのではなく、全員が安全に行動できるペースを作ることが重要です。僕たちが捻挫後も安全に行動できたのも、山頂や時間を優先して無理に進むのではなく、状態を確認しながら行動したことが大きかったと思います。
富士山で見た雲海は、今でもよく覚えています。天気にも恵まれ、本当に圧巻の景色でした。一方で9合5勺では仲間が足首を捻挫し、テーピングを巻いて状態を確認しながら行動することで、無事に下山することができました。
そして僕は、その処置に使ったお気に入りのはさみを9合5勺の看板の上に忘れてきました。下山後、山小屋へ電話して事情を説明し、結果としてはさみは山小屋の備品になりました。怪我をした人は無事に帰ってきたのに、はさみだけは富士山に残りました(笑)。今となっては、それも含めて忘れられない登山です。
登山は非常に楽しいものです。普段見ることのできない景色を見られ、自分の足で登ったからこそ感じられる達成感があります。だからこそ、何も起きないことだけを前提にするのではなく、「何か起こるかもしれない」ことまで含めて準備しておくことが大切です。足首の捻挫、下山時の膝の痛み、靴ずれや足趾のトラブル。どれも山では起こり得る問題だからこそ、登る前の準備、違和感が出た段階での対応、そして無理をしない判断が重要になります。
山頂へ着くことだけが成功ではありません。登ったメンバー全員が、安全に帰ってくる。そこまで含めて、いい登山なのだと思います。
執筆者 柔道整復師 古田 幸大
